2013年3月27日水曜日

イベント参加告知、COMITIA104


5月5日(日) に東京ビッグサイトで開催される
COMITIA104に参加します。
スペースは「て34b:krumbol」です。

前回参加(102)では新刊なしだったので、
今回は新しい本を作ります。

既刊(100のときの本)がまだ残っているのでそれも持って行きます。
既刊サンプルはこちら→ krumbol.tumblr.com

よろしくお願いします。


2013年3月23日土曜日

母が脳梗塞になりました。新潟から東京へ転院


これまでの日記。

年末年始のこと、母が脳梗塞になりました。 1
http://debristower.blogspot.jp/2013/01/1.html
年末年始のこと、母が脳梗塞になりました。 2
http://debristower.blogspot.jp/2013/01/2.html
回復期リハビリテーション
http://debristower.blogspot.jp/2013/01/blog-post.html
母が脳梗塞になりました。回復期リハビリ病棟へ転院
http://debristower.blogspot.jp/2013/01/blog-post_16.html


2/27
学校の用事を済ませて
夕方の新幹線で田舎(新潟)へ帰る。

2/28
父と弟で病院へ。
弟と荷物をまとめる。
父は受付で支払。

母はまだ少し左半身に麻痺が残っているけど、
T字杖で歩けるところまで回復していました。

先日要介護3の認定が出ましたが、
来年更新したら、要介護1くらいの認定になりそうな、
それくらいのところまで回復していました。

座って話していると、
脳梗塞に罹った人には見えません。

本当によかった。

手も足もかなり動くけど、
「感覚」が鈍いみたいで、
油断すると転びそう。
そこは気をつけなければならないところ。

動くけど、しっかり意識しなければならない。
普通に動かせる人は、
なんでもない動作をするときに、
いちいち自分の手や足を意識しない。
その、なんでもない動作をするときに、
いちいちしっかり意識しなければならない。
これってけっこうたいへんなこと。
本人は精神的にけっこう疲れる。
母は弱音は言わない人だけど、
たいへんだと感じていると思う。

母に限らず、
大きな病気に罹ったり、事故に遭ったりして、
何かしらの障害が残った人の気持っていうのは、
本当にたいへんなものだと思う。

今まで普通に暮らしていて、
ある日突然、身体の一部、あるいは全体が、
思うように動かなくなったときの気持ちっていうのは、
障害の軽重に関わらず、たいへんなものだと思う。

もちろん、生まれつき障害があるのもたいへんだけど。

支払いが終わって、
看護師さんから転院のための書類をもらい、
県立リウマチセンターを退院しました。

大勢のスタッフがエレベーターまで送ってくれました。
本当にありがとうございました。

1階のリハビリ室で、
リハビリのスタッフに挨拶。
母の担当だった方が受付ロビーまで送ってくれました。
本当にありがとうございました。

外の移動はさすがに車イス。

叔母(父の妹)が見送りに来てくれました。

弟と別れて、
タクシーで新潟駅へ。

上下の移動はエレベーター。
新潟駅には何度も来ているけど、
エレベーターがどこにあるかなんて、
全然意識してなかった。

新幹線は車いす用の席。
ちょっとの移動なら問題なくできるので、
車いすはたたんで、普通の座席へ移る。
お弁当を食べる。

上野到着。
叔母(母の妹)が迎えに来てくれました。

タクシーで浅草へ。
ホテルにチェックイン。
母と父でホテルに泊まって、
翌日転院先の同善病院へ行く予定。
(最初は北柏リハビリ総合病院の予定でしたが、)
(いろいろ検討した結果同善病院になりました。)

母と父と叔母と僕で夕方まで浅草をぶらぶらする。
浅草寺って本堂上がるためのエレベーターあるんですね。
知らなかった。

階段はまだ無理そうなので、
エレベーターで本堂へ上がりました。

夕方解散。
帰宅。

3/1
僕は仕事。
母は父が付き添って同善病院へ入院。

3/1~
新発田病院・県立リウマチセンターに比べると、
建物は古いし、病室も狭い。
ほんと、下町の小さな古い病院。
(最寄り駅は東京メトロの三ノ輪、JRなら南千住)

でも、小さい病院なりのメリットもあるみたいです。
リウマチセンターは、転ぶと危ないからということで、
あまり院内を好き勝手には歩けなかったみたいですが、
同善病院ではかなり自由になったようです。
食事は、新発田病院・リウマチセンターよりもおいしいようです。

転院してからしばらくして、
階段の上り下りのリハビリが始まりました。

3/15
4月上旬には退院できるかもと、
医師から父へ話があったそうです。